前回は、印刷業で小ロットの仕事に対応するために、ECサイトから同じ仕様の仕事を大量に受注してきて、大きな印刷機でまとめて印刷することでコストを削減する、という戦略と、そこでのICT活用について簡単に見てきました。今回は、「デジタル印刷機」を利用する戦略について、少し紹介したいと思います。
前提として、ここで言う「デジタル印刷機」とは何かをごく簡単に説明しておきます。従来型の印刷機(オフセット印刷機)では「版」を作って、そこからインクを紙に転写して印刷をしていました(正確には版が直接紙に触れるわけではないです)。しかし、みなさんが普段使っている「プリンター」は、そのような仕組みではなく、インクジェットであれば、紙に細かくインクを吹き付けることで、レーザープリンターであれば電子的に版に代わる部分にトナー(色の粉)をつけて紙に転写することで、印刷を行なっています。この「プリンター」の技術の精度をより高くしたものが「デジタル印刷機」といえます。
つまり、デジタル印刷機には「版」がありません。そのため、印刷することだけを考えれば、1枚だけ印刷しても、100枚印刷しても、2000枚印刷しても、1枚当たりのコストが変わらないのです。以前は、従来型の印刷機に比べて印刷結果が粗く、デジタル印刷機で代用できる仕事は限られると言われていましたが、昨今は高精細な印刷ができて色味も調整が可能になっているので、広く使われるようになっています。小ロット向きの生産設備と言えるでしょう。
世の中に、このような技術が台頭してきたときに、みなさんなら、どのような戦略でビジネスを変化させていくでしょうか。いろいろな可能性があるでしょうが、これまでは印刷部数が小さすぎて高単価になり受けることができなかった仕事を、現実的な料金でお客様に提案したくなると思います。
ひとつ流行ったものとしては(今もありますが)フォトブック作成サービスがあります。個人が写真アルバムを作りたいときに、それほど多くの部数を作りたいことはそうないと思います。せいぜい数部です。そのような需要に比較的安価で応えるために、ECサイトを用意して、定形フォーマットのフォトブックを全国から注文できるようにして、デジタル印刷機を中心に生産体制を組みます。分かりやすいビジネスです。
ただ、印刷というものをサービスとして捉えたら、少し違う方向から考えることもできます。多くの印刷会社は、個人相手(BtoC)よりも事業者を相手に(BtoB)ビジネスを続けてきています。そこで、印刷サービスは、顧客企業の業務改善であると考えてみましょう。
例えば、顧客企業が複数の販売店を基盤としたBtoCビジネスを展開していて、顧客に対してDMやチラシ、パンフレットのような紙媒体で販促をしていたとします。その場合、本部で販促物を一括で印刷するよりも、販売店ごとに使う販促物を選んで必要数を印刷した方が良いかもしれません。そうであれば、印刷会社は、各店舗から発注できるwebサイトを提供して、それを小ロットで印刷して配送するサービスを展開してはどうでしょうか。販促物のデザインは本部で作って管理できるようにすると良いかもしれません。また、どの店舗が何をどれだけ印刷しているかを本部で集計できる機能も提供した方が良いかもしれません。
このように小ロットの印刷ができることをベースにした、顧客企業の業務改善をいろいろと提案できるようになると、営業活動はガラッと変わってきます。印刷を請け負うというよりも、業務改善やシステムの提案・開発・運用をしていく企業と言えるでしょう。もっと販促寄りで考えていけば、広告代理店のようにもなるでしょう。
一方でビジネス側をしっかりと支えるためには、印刷工場では、極端な話、1部から入ってくる注文を処理できなければなりませんから、できるだけ自動化を進めたいところです。その点、デジタル印刷機は、「版」を取り付けたり掃除したりというオペレーターの作業が発生せずに、デジタルデータを送ればすぐに印刷ができます。受注、生産、配送までのシステムを連携しておけば、小ロットの仕事に見合ったコストで生産ができるようになります。
ここまでをまとめます。
1. デジタル印刷機の導入
→版が不要だから小ロットで低コスト
→システム連携しやすい
→生産を自動化しやすい
2. 小ロット対応を活かして顧客企業の業務改善提案
→例えばwebを使った小口での販促物発注の仕組み
→印刷屋から、コンサルやシステム屋、広告代理店への転換
さて、印刷会社のICT活用を例にして、ビジネスがどんな風に変わり得るのかを少し紹介してみました。前回は、伝統的な手法である「付け合わせ」をICTで強化する戦略。そして今回は、ICTと親和性が高い比較的新しい設備「デジタル印刷機」をベースに新しいビジネスを構築する戦略。どちらも本格的にやろうとするとシステム開発を伴うので、ICT活用としては上級編と言えるかもしれませんが、経営課題とそれを解決するための戦略、ビジネスの変化、ICT活用といったものが、かみ合っていくイメージが示せれば良いと思いました。
多少なりともイメージが伝わっていると良いのですが・・・。