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ICTによるビジネスの変化①


以前、印刷会社の設備やシステムを連携させるお仕事に何年か関わっていました。斜陽産業とも言われる印刷業ですが、生き残る企業はビジネスに変化を起こし、その中でICTを活用しています。そこでの戦略と打ち手を追ってみると、ICTによるビジネスの変化というものが分かりやすいと思うので、少し紹介してみます。

まず前提として、印刷というものは、同じ印刷物を大量に刷るほどに、1枚あたりのコストは低減します。印刷会社としても、受注当たりの部数が大きい(大ロット)ほど利益を出しやすい。ただ、近年では受注当たりの部数が小さく(小ロット)なって、従来通りの仕事の進め方では利益が出なくなっていました。そこで、受注当たりのコスト削減、という課題が出てきます。

従来型の印刷では、ハンコのように「版」を作ることで、同じ絵や文字を大量に刷ります。(限界はありますが)何枚刷っても版のコストは同じです。このように、大ロットであっても、小ロットであっても、変わらずかかるコストがあります。このようなコストをどうやって抑えていくか、というのがひとつポイントになります。これから、この「版」をどうするかを中心に、異なる2つの戦略を見てみましょう。

最初の戦略は、言ってみればゴリ押しの正面突破で、規模の経済を利かせてコストダウンしようというものです。業界用語で言うところの「付け合せ(ギャンギング)」を最大限に活用します。

例えば、A4サイズのチラシを印刷する場合。A0サイズを扱える大きな印刷機で刷ったらどうでしょう。A0というのはA4の16倍の面積があるので、単純に考えると、1枚の版でA4サイズを16面も印刷できることになります。そうすると、同じ仕様で印刷できる内容であれば、16件の受注を一度に印刷できて、1件当たりに必要な資材が減り、印刷にかかる時間も減り、受注当たりコストが大幅に低減します。これが「付け合せ」です。


この「付け合せ」を最大限に活用するためには、以下の条件を満たす必要があります。
  1. とにかく大きな版で印刷する
  2. 同じ仕様の受注をコンスタントにたくさん得る
  3. 製造工程が進むごとに合流・分離する仕掛品を適切に管理する
まず2について考えてみましょう。需要が多そうな印刷物にターゲットを絞って、同じ仕様、例えばA4両面カラー4色のチラシなど、の受注をかき集めてくる必要があります。上述の例で言えば、16件の受注が集まらなければ低コストで印刷できないですが、集まるまで待っていると生産リードタイムが長くなってしまいます。また、大きな印刷機を導入しても稼働率が低ければ困ってしまいます。この戦略には「規模」が必要です。

ここでICTの出番があります。定型の受注をたくさん集めてくるのは、ECが得意とするところです。特に、分かりやすい商品を販売するのに向いているので、格安料金を実現したチラシ印刷サービスなどは、格好の商材となります(実際にWebで検索するとチラシを扱う印刷通販がいくつも見つかると思います)。

また、ECを導入して定型の印刷物に集中すると、もうひとついいことがあります。それは受注1件当たりの営業コストが削減できることです。受注が小ロット化していくと受注1件当たりの売上が小さくなるので、営業担当者が顧客を訪問して仕事を取ってくるような従来型の営業体制では、売上に対してコストがかかりすぎます。ECで受注業務を自動化・省力化することは、必須と言っても過言ではないでしょう。

次に、3についても見てみましょう。印刷を受注すると、大雑把には以下のような製造工程で納品まで進みます。


最初は別々に受注した仕事が、版のレイアウト(面付け)で付け合せを行うことで合流し、その後★のついた工程では、複数の受注を一緒に扱うことになります。そして断裁によって、印刷された紙はバラバラに切り離されて、またそれぞれの受注ごとに分かれて次の工程へ行きます。

これらの工程を上手く管理しないと、場合によっては行方不明になる印刷物が出てくるかもしれません。また、顧客から進捗状況の問合せを受けたときに、いまどのような工程を作業中か、すぐに分からないかもしれません。受注ごとの原価管理ができないと、カイゼンが進められないかもしれません。

そして、そもそもたくさんの受注の中から、どの受注を付け合わせれば生産性が高くなるかを考えなければなりません。印刷の色数や印刷枚数、納期が同じ(もしくは極めて近い)受注を選んでまとめる必要があります。

ここでも、ICTによって、どの受注を付け合わせるのか/付け合せたのか、受注ごとにどの工程まで進捗したか、ということが分かれば、素晴らしいでしょう(これは流石に汎用のクラウドサービスをそのまま使って実現することは難しく、システムの作り込みが必要です)。注文した印刷の進捗状況を顧客自らWebで確認できるようになれば、進捗状況の問合せを営業担当者が受けて、そこから更に営業担当者が工場に電話して、といった手間がなくなります。つまり受注当たりのコスト削減です。

そして最後に1に関して、設備投資を考えてみましょう。印刷機を導入するなら、稼働率は高い方が嬉しいですね。受注を増やしていく営業努力ももちろん必要ですが、受注量を見ながら設備を導入していくことも必要です。受注量のピークがどのくらいかを知るだけでなく、自社の生産能力を超えたときに外注することなども考えると、納期日ごとにまとめた受注量の推移などを、できるだけ速いサイクルで(いわゆるリアルタイムに)確認したくなると思います。これもまた、ICTを活用して受注を管理していかないと、なかなか難しいことです。

ここまでを、ざっとまとめます。

1. とにかく大きな版で印刷する
 → 設備投資のタイミングを図る
 → 受注量の推移を「リアルタイム」に把握
 → ICT:受注管理システム

2. 同じ仕様の受注をコンスタントにたくさん得る
 → 分かりやすい商品に集中して全国展開
 → ICT:ECサイト
 → (プラスα:受注1件あたり営業コストの削減)

3. 製造工程が進むごとに合流・分離する仕掛品を適切に管理する
 → 受注ごとのトレーサビリティ、原価管理
 → ICT:生産管理システム
 → 付け合せする受注を選びやすくする
 → ICT:受注管理システム、自動面付けシステム

このように、経営課題を解決し、ビジネスを変化させていく中では、自然とICTがその基盤として出てきます。主眼はツールの導入ではなく、課題解決とその戦略になります。

さて随分と長くなってしまったので、もうひとつの戦略については次回にしたいと思います。








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